あまりにも突発的な情報だったので、どう表現したらええんか分りませんが。



さらば豊田…電撃引退「大満足」

広島・豊田清投手(40)が今季限りで引退することが24日、球団から発表された。23日に球団に現役引退を申し入れ、了承された。球団には残らず退団する。巨人を戦力外となり今季、広島に入団。中継ぎとして32試合、2勝1敗、防御率3・08の成績を残し、来季も戦力として考えられていた。しかし下半身の不安がぬぐえず「引き時」と決断。西武、巨人と渡り、歴代10位の157セーブを挙げてきた右腕は「大満足」と19年の現役に幕を閉じた。

こみ上げる涙を豊田は抑えられなかった。突然の引退発表。マツダスタジアムでの会見では目を真っ赤にして、悩みに悩み抜いた末の決断だったことを明かした。

(中略)

15日に鈴木球団本部長から来季の条件提示も受けた。豊田は「待って下さい」と保留。23日に「申し訳ないです」と引退を申し入れた。この日、あいさつを受けた松田オーナーは「あれだけアウトローの出し入れができるやつはおらん」と残念がった。

まだ技術はある。それでも、歴代10位の157セーブを積み重ねてきた右腕は「ごまかしながら」続けることを許せなかった。今季は4月25日に右ひじ痛で抹消。5月以降、常に「限界」を感じていた。「このままこけられない」と最後の気力を奮い立たせ、7月に1軍に戻ったが9月30日に右足内転筋を痛め再抹消。これが致命傷になった。

「自分のボールが投げられなくなった。僕のやってきた野球は走ること。走れなくなり、下半身に粘りがなくなった」。西武の後輩・帆足と雑談の中で「走れなくなったら野球選手は終わりですね」と言われた。かつて自分が口酸っぱく話した言葉を後輩から聞かされた。それが最後の一押し。20日の夜にユニホームを脱ぐことを決断した。

(後略)



早すぎる、と言うのはちょっと酷かもしれませんが、決断は早過ぎますよね。おそらく自分の中でいろいろと考えることがあったのか知れません。

カープが呼んだのも、現役選手としての他に、若い投手への影響力等々も考えてのことだったかと思います。ファームでは記録係とかもやってたそうですから、どんな地道な事でも、野球に取り組む姿勢と言うのはいい手本になったかも知れません。

走れなくなったら終わり、と自分で言った言葉を体現するには、いい機会だったんでしょうね。ピッチャーに限らず、野球選手、しいてはスポーツ選手は足腰が命。今香川オリーブガイナーずで監督をなさってる西田真二さんも「ファーストまで走って肉離れを起こしてるようでは」と言われてました。

こう言う記者会見を聞くと、今のカープの若い選手って、投げる打つもいいけど、走塁以前の部分での「走る」ってことが、自主トレーニングなどでしっかり出来てるのかな、とも思ったりします。まだまだ下半身の線が細い選手、多いですからね。

思えばライオンズ・帆足が、地味ながらもしっかり着実に力をつけてる理由は、豊田君の言葉があったからこそ、なんでしょう。こんな先輩、もしくはベテランがいてくれたことを、ライオンズやジャイアンツ、そしてカープの選手は感謝せんとあきません。

しかしちょっと疑問なのは、彼の引退記者会見を待ってたかのように、今朝のスポーツ報知の記事で 豊田、巨人2軍投手コーチ!若手育成に期待 という記事が出たこと。

うがった見方はしたくないんですが「いずれはジャイアンツに返す」みたいな話があったんじゃないかなぁ、とも思います。23日に豊田君が返事して昨日記者会見。その間にカープ球団幹部からジャイアンツ球団幹部に話が行った、と考えれば無きにしも非ず。

しかし、引退するのなら、また豊田君に「いずれ指導者に」と言う考えがあるのなら、三軍でもいからそれを実践する場を、提供する気はカープはなかったのかな。もったいない話ですよ。これがカープの「つまらない身内意識」の表れなのかなぁ、とも考えたりします。

とにかく、そんなことを考えてしまうようなほんと「突発事件」であります。

まぁそれは置いといて。

3年とか5年、人によってはそれよりも短い期間で球界を去ってしまう選手がいてる中、19年も継続できたことはやはり称賛に値します。遅かれ早かれこの「豊田清の遺伝子」はどこかで残さんといかんし、広めんといかんかったはず。そのタイミングが今年だったんでしょう。とにもかくにも


お疲れ様でした!


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2011.10.25 / Top↑
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