以下、若干ひっちゃかめっちゃかな話が続きます。


半世紀ぶりに赤ヘルが帰って来る

もういろんな所で報じられて来た、8月6日の土曜日、マツダスタジアムでのカープ対ジャイアンツ戦。試合結果としては、非常に残念な結果になってしまいましたが。

しかし、やる意味は大いにあったと思います。つか、いずれはやるべきだったやろうし、やらんといかん年が来たはず。それが、今年だっただけの事、なんですよね。

個人的には、一昨年でも良かったかな、と思ってます。きっかけとして、マツダスタジアムでも良かったかな、などと。何かの機会に書きましたが「原爆禍にあったヒロシマの町は、こんな立派な球場を持てるまでになりました。」という意味を込めて。

当日、カープは鳴り物応援を自粛してました。けどその「鳴り物がない応援」の中に、どれだけ「平和を感じる」気持ちが現れていたか、が一番大事ですよ。

試合が「非常に残念な結果」と書きましたが、鳴り物どころか、コールも一切やめて純粋に「野球を平和に観戦出来る事のありがたさ」を実感する一日でも良かったか、と思います。

この日を本当に、心の底からただ静かに過ごしたいと言う意見もあるでしょう。まだまだ「心のキズ」に悩んでる方もおられます。これは揺るぎない事実。だから余計に、無理難題をクリアしていった、あの若い球団職員の方に、感謝。


さらには、栗原君の「ヒロシマの町」への意識の高さにも驚きました。ただ、これが「ヒロシマの町」に対してのモノであって「カープへのもの」ではないかも知れませんが。

その事を考えると、緒方孝市の「愛着という言葉はチームを出て行く人間は口にしてはいけない。チームに残る選択をしたやつが初めて口にできるもの。」て、名言やなぁ(笑)。


そして

カープってのは常に「ヒロシマの町」と一緒にある、と言う事を痛感させられます。

試合が終わってユニのままで町中を歩いてると、いろんな所で試合結果を聞かれます。コンビニの店員さんはもちろん、老舗料亭の配車係りの人とか、並木通りを歩いてる結婚式二次会帰りの若い兄ちゃん、本通り商店街を歩いてる普通のおばあちゃんとか。

町中を歩いても、ちょっと知れた店に行ったら、新旧問わず、カープ選手のサインがあります。「アンガールズのサイン集めの旅」みたいな企画、アホみたいに事ある毎に「タイガース!タイガース!」いうてる大阪の番組ですら見た事ないですよ。

それだけ「根付いてる」どころか「ヒロシマと言う土地から生まれた野球チーム」なんだ。戦後66年、そのうちの60年以上に、カープが彩りを添えてる。

カープの歴史はほぼ、原爆以後のヒロシマの歴史。だから、どうあろうと、誰が所有していようと決して、バカには出来るもんじゃない。安易に「身売りしろ」とか「わしがオーナーやるで」と言うもんじゃない。そらぁ、多少問題はあろうけどね(笑)。


カープは、ただの野球チームじゃない。ヒロシマの半世紀そのもの、と思います。

若輩者の、しかもよそに住んでるわしが、声を大にしてあーだこーだ言うつもりはありませんし、おこがましとは思いますが、広島東洋カープと言うプロ野球チームを、ナニかしらの縁があって、今こうやって応援出来てる事に、感謝すらするし、出来ますよ。


本当にヒロシマに平和が来る、第二次世界大戦が終わる日って、8月6日に当たり前に野球ができるようになってから、ではないでしょうか。大袈裟ながらそう思います。

そして、たまたまかも知れませんが、今日は終戦の日。改めて、日頃のんべんだらりと、野球を見れている事に感謝。そして、多くの戦没者の御霊に対して、合掌。

来年もぜひ、8月6日に、ヒロシマで野球を。


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2011.08.15 / Top↑
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