今まで、肉親なりなんなりで「人の死」は見てきましたが、彼の死ほど衝撃的なことはなかったです。

木村拓也さん

ホント、一年経つのって、早いですね。

人から聞いた言葉ですが「人の一年の長さは歳を追うごとに短くなる。20歳の人は20分の1が1年、50際の人は50分の1が1年」てぇのがありました。その事を考えたら、今のわしには43分の1が1年なんやから、早く感じるのは当たり前、なんですな。こんな事をどっかで書いた気もしますが。

で、彼がカープにいた頃の画像をさんざん探したんですが、現役のころの写真がないんですこれが。何とも情けない話。残念ながら、ほんの僅かに残された本人の写真ってのが…

   

選手個人の写真を、試合前とかにいろいろ撮りだしたのも、彼の死も動機の一部に含まれてます。まぁこんな別れ方と言うのはそうたびたびあってもらっては困るんですけどね。


まぁそんなことはどうでもいいんです。


人間誰しも、寿命と運命がある。それに従いつつ、何処かで抗って生きていくもの、と思ってます。

またこれも誰かが言うてた言葉ですが「人の一生は死ぬまでの暇つぶし」と言う言葉をどっかで見ました。なんかえらい荒っぽい考え方のようにも思いますが、これもまた真なり、ですよねぇ。その「暇つぶし」を、どれだけ楽しく、充実させるかが「能力」であり「魅力」になるんだと思います。

彼の人生、決して長いものではなかったと思います。わしよりも遥かに若い人が、こんなにあっさり逝ってしまう事に憤りを感じました。けど、彼の人生、波乱万丈やったけど、充実してたかな、と勝手に思ってます。ただ、コーチとして、やりたいことは山のように残ったままやとは思いますが。

こんな事を言うのもアレですが、マツダスタジアムで倒れたのも「運命」だったように思います。誰かが彼の耳元で「もうそんなに頑張らんでええから休め」って囁いたんでしょう。自宅のある、家族のいる広島で倒れて、広島大学病院に入院して、そのまま逝ってしまったのがええ証拠ですよ。

思い返せば昨年後半、応援歌を引き継いだキムショーが、これまでにない活躍を見せました。これって、どこかで木村拓也が後押しをしてたのかも。「ええ応援歌使うてもろうとるんじゃけ」って感じで。

そう言えば、ジャイアンツでキャッチャーをやった時に、木村拓也を相手に一番最初に投げたのが豊田清でしたね。紆余曲折あって、カープのユニフォームを着てる、今の彼の心境や如何に。




改めて、合掌。


追記:
2011年4月8日未明まで、記事にかなりの不具合が発生していたことをお詫びいたします。特にIEでご覧になられていた方には深くお詫びいたします。申し訳ございませんでした。




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2011.04.07 / Top↑
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