ウェブ上に出てる記事でコソコソ書くのもまたアリ、とは思いますが、最近はこうやって新聞のいろんな所からネタを「掘り当てる」ことに快感すら覚えるようになってきました。もうちょっと早うに気付けばよかったなぁ、などと思っております。

昨日の夕刊から、また読売新聞の夕刊で、先週の「懸ける」のコーナーの続きのように「再び」と言うコーナーが始まってます。先週の「懸ける」同様、タイガース、カープ、バファローズのマークが入ってますが、本当にこの3球団を扱うのかどうか。先週のように「不意打ち」はあるのかどうか(笑)。

ちなみに昨日は阪神タイガースのとある選手やったんですが、彼の事は「何があろうとも」ここでは扱いたくないので、スルーしました。

で、今日は、本日をもって「不惑」の仲間入りを果たしたカープ・豊田投手であります。



選手で戦い続けたい 広島 豊田清 40

2日で40歳になった。午前9時10分。「いつも通り。何も変わらないよ」。沖縄市内のホテルで穏やかな口調で語った。プロ19年目にして初めて沖縄で誕生日を迎えた。球場に到着し、同10時、ウォーミングアップを開始。新しい仲間と時折、笑顔で談笑する。「選手」としてグラウンドにいるのが楽しそうにみえる。

「現役一本でやりたかった」。巨人退団の理由をそう説明する。昨年オフにコーチへの転身を打診された。「選手兼任でも」という話だった。ありがたかったが、実際には戦力に入っていないと感じた。だから入団交渉の席で、広島から掛けられた一言がうれしかった。「とにかく戦力として頑張ってくれ」―――。

広島では。約束されたポジションはない。通算164セーブの永川勝や昨季11セーブの横山、新外国人、若手との競争が待っている。「厳しいなあ」と冗談っぽく言うが、それが逆に自信を感じさせる。

たたき上げの野球人生を歩んできた。

「凡人は、努力せないかんな」。かつてこう話したことがある。三重・鈴鹿高、同朋大を経て西武に入団。プロ入りまで華やかな球歴はない。西武時代、当初は先発だったが、エース西口が君臨、「怪物」松坂(レッドソックス)がいた。だから投手コーチが「『もういいだろう』と言ってもやめてくれない」と言うほど練習し、球威、制球力とも一級品に磨き上げた。

抑え転向は2001年春、30歳の時と遅かったが、翌年から2年連続最優秀救援投手に輝いた。06年に移籍した巨人では不調もあって中継ぎに配置転換されたが、自らの立場を受け入れ、セットアッパーとして活躍。09年は防御率1.99をマーク。日本一に貢献した。

午前11時29分、左腕大島とキャッチボールを始めた。ワインドアップ、セットポジションを交え、丁寧に投げた。「練習でもマウンドでも1球は大事なんだよ」。この考え方が今の豊田と言う投手をつくった。

「戦う為に広島に来た」。これまでも逆境を乗り越えて来た。不惑の男はまだまだ自らの可能性を信じている。



豊田君が戦力になるかならんかは、意見の分かれる所ではあります。一昨年の防御率は目を見張るものがあります。昨年もさして悪いとは思えんかったんですが、まぁこれも大人の事情でしょう。

それ以上にジャイアンツの投手陣、特にリリーフ陣の整備が進みつつあるような気がせんでもないです。いつの間にか主力は自前の選手になりましたから、それに押し出される形になったのかな。

とは言うものの、昨年まで実働16年で通算防御率は2.99。ここ20年程の「打高投低」の傾向を考えると素晴らしい数字やと思います。つーか防御率4点台って、昨年がまだ2回目なんですな。

戦力になるならん以前に、カープの選手には、彼から学ぶことはいっぱいあると思います。ただやみくもに練習するばっかりでなく、「練習でもマウンドでも1球は大事なんだよ」とあるように、練習中の一挙手一投足からして、見習うべき事はあるでしょう。キャッチボールでもしっかり投げれたら、ブルペンでポンポン投げる必要もない、と個人的には思うんですがどうでしょうか

取捨選択の余地はあると思いますが「コーチ」としてではなく、チームの戦力である以上に、投手としての「見本」になってくれればいいと思ってます。ただ、その事を考えたら、ぶっちゃけ若手の多い日南でスタートしてくれても良かったなぁ、などと。

何にしろ、投手陣に、見える所見えない所で支えになってくれると思います。


あしたは順番で言えばバファローズ。田口壮あたりでしょうか。


以下、どれでもクリックして頂ければ是幸い。これからの励みになります。
にほんブログ村 野球ブログ 広島東洋カープへ にほんブログ村 地域生活(街) 中国地方ブログへ

2011.02.02 / Top↑
Secret

TrackBackURL
→http://kugyousou.net/tb.php/493-10131d36