さて「この話」も4日目に突入しました。相変わらず順番が全く読めません(笑)。



ルーキー群像<4>磯村嘉孝捕手(18)=愛知・中京大中京

▽強気のリード 甲子園V

磯村家にとって、甲子園出場は珍しいニュースではないようだ。祖父、叔父、父吉範さん(52)、兄拓範さん(23)に続き、本人は昨夏まで4季連続出場。自宅には数々の記念品が並び、中でも2009年夏に加わった金メダルはひときわ輝く。

正捕手で臨んだ2年生夏の選手権、3年生エース堂林(現広島)を引っ張り、全国制覇した。野球センスが父親譲りならば、たくましい脚力は陸上短距離の国体選手だった母淳子さん(50)の遺伝子を受け継いだものだろう。「スポーツ一家の金の卵」(松本有史スカウト)は、甲子園で通算3割8分8厘の高打率を残した。

金メダルには喜びより、反省の記憶が色濃く刻まれる。日本文理(新潟)との決勝戦、10―4で迎えた九回2死走者なしから1点差まで迫られた。「三つ目のアウトが遠かった。2死2ストライクまでいって打ち取れないのは捕手の責任」。日本一に輝いた瞬間、「冷静な状況判断」へのこだわりを新たにした。

中学時代からバッテリーを組んだ堂林が「グラウンドで年下と思ったことはない」というほど強気にリード。磯村は「褒めて、叱り、だましてでも、投手の力を引き出すのが役目」と心得る。すでに新人合同自主トレで社会人、大学生の球にミット音を響かせ、「高校生とは違いますね。左手が痛い」と声掛けを怠らない。

9新人で唯一の野手。合同練習後、真新しい木製バットでのフリー打撃が夜中まで続く。「リードも、肩も、打撃も、まだまだ通用するレベルじゃない」との自覚を胸に、磯村家初のプロ野球選手の挑戦が始まった。(山本修)

いそむら・よしたか 1992年11月1日生まれ。178センチ、82キロ。右投げ右打ち。愛知県豊田市出身。背番号61。愛知・中京大中京高。

【写真説明】「守る9人の中で最も冷静で、状況を読む能力が必要」と捕手の心構えを語る磯村



ドラフトの時にも書いたような思いますが、よくもまぁドラゴンズの思いきりお膝元から2年連続で高校生を指名出来るとは思いもよりませんでした。それどころか2年連続で同じ学校からですからね。

こうなったら山梨学院大学付属高から3年連続(大島・苫米地・玉山)指名以来の「怪挙」を狙ってみても良いんじゃなかろうかとすら思います。まぁそんなことはええとして、ですよ。



動画見つけました。ホント偶然の産物かも知れませんが、録る人は録ってるんやなぁ。

まぁそれにしても、すぐ上に「勝手知ったる先輩」がおるのは心強いでしょうね。磯村君にとっては広島なんざ、右も左も分からん土地、でしょうからね。つーか春夏の甲子園優勝投手獲得もアレですが、磯村君の入団で「甲子園優勝バッテリー」入団と相成りました。コレも結構レアケースですな。

つーかこれでまた、キャッチャーの平均年齢も下がったかな。すぐ上には中村亘佑君もいますからね。キャッチャーの若返りは確実に進んでるように思います。ただあの監督がなかなか使わんだけ。

キャッチャーには実績や経験がどうたらこうたら言う人はプロ野球OBや解説者には多くいます。確けど入団の段階で「甲子園大会での優勝と言う実績」は自身を持っていいと思いますよ。「プロは違う」と言う人もいますが、やってるのは同じスポーツ」ですからね。

それに、ブルペンでもどこでも球数をたくさん受ければ良いと思いますよ。それだけ考える回数」も多くなると思うし。まずは先輩のボールを数限りなく受ける。ブルペンにはブルペンキャッチャーと言う「専門職」の方もおられますが、そんな方々からも学ぶことは多いはず。キャッチャーって、頭も体も常にフル回転でしんどいでしょうが、やりがいのあるポジションやとは思います。

二軍のキャッチャーが誰と誰と誰になるんかは分かりません。恐らく磯村君もまずは二軍スタートになるとは思いますが、もうぶっちゃけ「キャッチャーローテーション」でも組んで、試合に出場する機会をどんどん設けてやって欲しいですよ。もちろん遠征費をケチらずにね(笑)。

「経験をさせる」のも監督・コーチの仕事ですよ。


―――何かよう分からん終わり方になってしまいました。


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2011.01.21 / Top↑
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