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今年1年、阪神鳴尾浜球場で、出てくるたびにあれこれ言われ続けていたピッチャーが、ユニフォームを脱ぐことと相成りました。全盛期はマウンドに上がるたびに「あー、今日もあかんかー」とか思っていた「敵」ではありますが、やはりいざ引退ともなると寂しいものがあります。

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阪神タイガース 久保田智之
在籍12年 444試合登板 41勝34敗47セーブ 117ホールド 防御率3.16




引退の久保田「本当に幸せでした」 デイリースポーツ

阪神・久保田智之投手が3日、今季限りでの現役引退を発表し、西宮市内の球団事務所で会見を行った。引退の理由については「今年、春先に(右肘を)手術して1年間やってきたが、そこまでよくならなかった。現役を続けるのは厳しいと思った」と説明した。

プロでの12年間を振り返り「入団してすぐ優勝し、その中にいれた。いい思いも苦しい思いも、いろいろな経験ができた。本当に幸せでした」と話した。

久保田は02年ドラフト5巡目で常磐大から入団。05年に抑えとして5勝4敗、27セーブ、防御率2・12の成績を残し、チームのリーグ優勝に貢献。藤川(現カブス)、ウイリアムスとのリリーフトリオは「JFK」と呼ばれ、一世を風びした。

07年は日本記録となるシーズン90試合登板を達成。その後は故障に悩まされ、今季は1軍登板なしに終わっていた。「まだまだ現役をやりたいという気持ちも、野球への未練も悔いもあったが、考えながら決断した」と本音をのぞかせていた。



常磐大学野球部(関甲新学生野球連盟)の頃は、国際試合も全国大会の経験もなく、ドラフト会議直前のスポーツ新聞紙上(もちろん関西版)では「超隠し球」と書かれていたように覚えています。

まぁ本当に隠し球だったわけで、大学出身5巡目指名とは言え、ここまで目覚しい活躍をするとは思わなかった、とは思いますが、その辺はそれこそ、スカウトの眼力、と言うやつでしょうか。

やはり語られるべきは、90試合登板46ホールドというとんでもない記録を残した2007年。シーズン最多登板と言えば、それまでは2007年の菊地原毅(カープ)が該当しますが、ぶっちゃけ「ただ投げていた」の印象も強く、防御率は4.91。ただ記録のためだけに、と言った塩梅でした。

久保田智之のすごいのは、90試合登板での防御率1.75。その前に控えていたジェフ・ウィリアムスは60試合登板防御率0.96、後ろに控えていた藤川球児は46セーブの防御率1.63。この3人からどうやって点を取っていたのか、そして何故か阪神タイガースは3位。

ピークはこの年と翌年2008年だったかな。あとは、酷い言い方をすれば、坂道を転げ落ちるかの如くの成績低下。この2シーズン、しっかり体のケアは出来てたのかな、と思わざるを得ません。


今シーズンキャンプ中に右肘痛発症。手術までして再起にかけてはみたものの、往年の豪速球はついぞ戻らず。7月2日の阪神鳴尾浜球場、対ドラゴンズ戦ではメッタ打ち。一軍に呼ばれるはずもなく、最終的に二軍での成績は22試合登板1勝1敗、防御率6.23。復帰はなりませんでした。

今後はタイガース球団に残り打撃投手に転身するとか。あんまりビュンビュン投げ過ぎて、鳴尾浜球場のバックネット裏から「今から現役復帰せえ」などと言われないように、いつまでも安藤優也や福原忍に頼らぬよう、タイガースのリリーフピッチャー陣はしっかりして頂きたいものです。

いずれにしろ、憎たらしいほどのピッチングをしてたピッチャーの引退は惜しまれます。


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2014.10.10 / Top↑
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