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とは言え、私らがよく知ってる芸能人や歌い手さんが、それなりの年齢になった、ってのもありますが、やっぱり64歳ってのはやっぱり早いかな。「夭折」には当たらんかも知れませんが。

昨日土曜日も関西の各テレビ局では、たかじんさんの名前を冠した番組で「追悼」してました。


たかじんさんの番組で一番よく見てたのが、読売テレビでやってた「たかじんnoばぁ~」。仕事で土曜日の帰りが遅くなった時に、と言うわけでもないですが、家に居ない時以外はほぼ見てました。

けっして大人数ではないトーク番組。個人的に大人数でワイワイガヤガヤ、誰がメインで誰がゲストなのか分からんような番組があまり好きじゃないので、割と好んで見てました。

関西ローカル(でもない)なお人ではあるけども、多分人によって好き嫌いは思い切り分かれるかも知れません、ただ、何が人気だったかって、やっぱり「探究心」だったんじゃないかな、とも。

「胸いっぱい」か「ONEMAN」のどっちか忘れましたが(多分後者)、ビデオデッキを10台買って、あらゆる番組を録画して見てたとか。普通の芸人さんでもそんな事をしてる話は聞いたことがない。だからどの番組に出てもネタが尽きないんでしょう。もちろんそれらを見ながら「突っ込みどころ」を探してたんだと思いますが、「たかがトーク、されどトーク」ですよ。

そして、番組の端々で「よく気を使う人だな」と思ったのが「ONEMAN」。

「朝まで生テレビ」状態で参加者がトークしてるわけですが、端っこの方に居てる人にもしっかりと話を振ってること。どんだけ大したネタでないにしろ、ゲストには必ず話を振る。冠番組だから、当然自分が前面に出てくるのはごく当たり前ではありますが、けっして出過ぎず、かと言って周りをヨイショするわけでもなく、うまくバランスを取りながら番組を進行してた。

生放送には一切出演しない人だったので、番組側の編集の段階でいろいろと弄られていたんだろうけど、敢えて言うならそれもたかじんさんの「気遣い」だったんではないかと。それこそ「とにかく皆に話振るから、出演してる皆を一通りちゃんと映したってくれ」みたいな感じ。


あと、最近になって見るようになった「歌謡ポップスチャンネル」で、たかじんさんのコンサート(確か50歳記念)をやってたんですが、どの曲を歌ったあとでもしっかりお辞儀をする。

最近の歌手(なのかそうでないのか知らんけど)って、振り付きで歌ったのはいいけども、最後の「決めポーズ」ばっかりに気を取られて、頭を下げるようなことをしない。

80年代前半からあたりのアイドル歌手でも、当たり前にできたようなことが最近見られない。テレビのたった3分であろうがなんであろうが皆やってたような気がするんだけど。たかじんさんの50歳っちゅうたら1999年。歌手なのかダンサーなのか分からんようなのが増殖し出したのがこの頃か。


さらには、徹底した「東京嫌い」。

もっともこれは、テレビ番組作りだけの問題でしょう。在京テレビ局への嫌悪感、と言っていいか。いろいろエピソードは、検索したら出てくるので、こんな所では省略しますが。

東京中心でやってりトーク番組っちゅうても、何となくどことなくギクシャクしてる。朝からやってる芸能情報番組でも、叩かれる芸能人と叩かれないどころかヨイショされる芸no人って、ほとんど決まってる。司会者からコメンテーターまで、みなどっかにおべっか使ってるよういしかみえなんだ。

しかしながら「たかじんnoばぁ~」ではそんなもんお構いなし。やばかったら何か違う音入れればいいんだし(笑)。前後の話のつながりで、あれこれこっちで想像すればいいんだし。

好き勝手なこと言い、ゆえの暴走もあったし、番組担当者が頭を下げたりもしてたようでもあるけど、最近のテレビ場f組って、あっちにもこっちにも媚びへつらいつつも、その後ろでどっかに向かってアッカンベーしてるような番組が増えた。そして内輪ウケしかないような番組が増えた。

そう言えば、この人の番組を見る機会が減って、民放番組を見る機会が減ったような気もします。


しかし、そんな東京嫌いのたかじんさんが息を引き取ったのが、東京の聖路加国際病院だった、ってのは皮肉ってやつなんでしょうか。



たかじんさん棺で「おだやかな顔」 デイリースポーツ

今月3日に他界したやしきたかじんさんが1994年から司会を務めた関西テレビ「たかじん胸いっぱい」が11日放送され、タレントの遙洋子が、最期の様子を明かした。

昨秋のたかじんさんの誕生日にも呼ばれ、クリスマスにもプレゼントを贈られるほどかわいがってもらっていた遙。「あるお天気のいい朝、たかじんさんが『お茶を飲みたいって言っている』という連絡をもらい、ご自宅に伺った」と明かした。そこで出迎えてくれた夫人に「たかじんさんは?と聞くと、その前に笑顔で洋子に伝えてくれと、たかじんさんから言われたことがあるとおっしゃるんです。『1月3日に亡くなった』と」。実は遙が呼ばれたのは、お茶のためではなく、死去を知らせるためだった。「(生前に)洋子だけは家に呼んで他のメディアから聞かせるなと、奥様がたかじんさんに成り代わってメールをし続けてくれてました」と気丈に話した。

1月7日に発表したのも、たかじんさんの月の「正月のめでたい気分を自分のことで悲しませたくない。だからその後にするように」という遺志だった。

棺の中のたかじんさんは同番組の1000回記念で着る予定だった赤いジャケット姿で、「お顔は大変幸せそうでおだやかでした」と、最期の様子を番組で報告した。



ここに掲載してる場面は、番組の最後の場面なんですが、決して取り乱すことなく、シャンと背中を伸ばして、そしてほとんど噛むことなく(このあたりがこの人のすごいところ、だと思ってます)訥々と飾ることなく「報告」。多分、遙洋子一世一代の大舞台、だったんじゃないかな、などと(笑)。

もっとも、これを見てたかじんさんは指し棒でホワイトボードをバンバン叩きながら「アホかお前は?ここ泣くとこちゃうやろうが!もっとちゃうとこで泣かさんかい」って突っ込んだりしてるんだろうな。




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2014.01.12 / Top↑
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